flower in my head

アニメのてきとう感想がメイン。ネタバレあります。

有頂天家族 総感

闊達な表現によって動き回る滑稽洒脱なキャラクターたち、しかしながらその背景には被捕食者である狸と捕食者である人間の避けようのない宿命がベッタリと…という基本構図。そこに、どうしたって人間には勝てっこない、だったら日々を楽観的に生きていこうではないか、という矢三郎の開き直りが筋を通す。加えて、矢三郎が随所で告白する人間に対する憧れ(弁天という想い人の存在が具現化)のおかげで、その開き直りが卑屈な響きを帯びていないところがポイント。だからこそ、家族が危機に瀕しての矢三郎たちの行動が爽快に感じられたのだと思う。もっとも、仮に狸鍋の材料として矢三郎が捕獲されたとして、その時の弁天に対する彼のリアクションを見てみたかった気もする。そうなると、矢一郎、矢二郎、矢四郎の三人で矢三郎(と母)を救えたかどうか…いや、詮無き妄想かもしれないが。
最終話を観終わった今も、総一郎が弁天を忌避していた理由が引っ掛かっている。弁天の目覚めにより物言わぬタヌキになってしまった喰われる直前の姿も。天狗や狸たちを手玉に取るそのファム・ファタール的底知れなさゆえか、あるいは淀川教授とは共鳴した「阿呆の血」が彼女には通じないことを本能的に感じ取ったのか…。まあ弁天の矢三郎に対するスタンスについては、恩義のある赤玉先生が総一郎から矢三郎の面倒見を頼まれていたので、最終回の振る舞いなどは彼女一流の恩返しなのかもしれない。…まったくどいつもこいつも素直じゃないので視聴者があれこれ想像を巡らさなきゃならないが、本シリーズに関してはそれが楽しい。
狸が言語コミュニケーションできる人間に喰われてしまうという作品世界があまりにも理不尽なので、例えば狸が労働者で金曜倶楽部が経営者といったメタファーなのかと考えてみたが、最終回まで観た感じではしっくりこない。とりあえず悲劇的な結末は回避されたし、あまり深読みしないほうが良さそうではある。
シリーズとしては、世界観、ストーリー、キャラクター、キャスト、作画、音楽と全方位に個性が確立されていたなと。刺激的な描写に拠らない軽妙な演出方向もあって視聴中の吸引力はそれほどでもなかったのだけど、終わってみれば夏期終了作品で頭一つ抜けていた感。後からじわじわと魅力が回ってくるタイプだったというべきか。また、P.A.WORKSの過去作品にはそれほど惹かれるところはなかったのだが、前期の『RDG レッドデータガール』そして本シリーズと、個人的にフィットするタイトルが続いた。スタッフもさることながら原作のテイストが大きいのかもしれない。
★★★★